忘れ得ぬ人々& 道草ノート

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道草フォト575 その92 命の洗濯に

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   7月を迎え今年も後半に入りました。梅雨の開けきらないうちから真夏日や猛暑日
   を記録して、このところ道草歩きもいい加減になりがちです。先日もあまりに強い陽
   射しに途中で諦めようかとしたら、小平団地の芝生に道化師のようなヘラオオバコ
   が!植物には何とも奇妙な姿をした種があります。
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   このヘラオオバコの花穂もその一つでしょう。草丈は30~50センチ、ほっそりした茎
   の先端にカプセル型の穂を付け、穂には小さな花が密生しており、下から上へと次々
   に咲き上がっていきます。白い糸の先が雄蕊の葯だそうです。中ほどまで開花したり、
   てっぺんで開花している姿は剽軽で、ピエロのパントマイムを見ているよう。芝生のエ
   ンタテイナーに命の洗濯をさせてもらいました。
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   ヘラオオバコは北米原産で、ヨーロッパではハーブとして食用や薬用、家畜の飼料と
   して栽培され、日本には江戸末期に牧草などにまぎれて渡来。その昔、強靭な花茎
   を互いにからませて引っ張り合い、草相撲をして遊んだオオバコ(大葉子)の仲間で
   すが、踏みつけや引っ張りの耐性はないそうです。それでも日本全土に広がってお
   り、玉川上水堤でも車道との境界付近で道化師の姿を見かけます。

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   小平団地では梅雨明け頃、一斉に芝刈りが行われ、もう始まっておりますが、ネジ
   バナ(捩花)も芝生の中に愛らしい姿を。定期的な芝刈りでネジバナに適した植生
   が維持されているのではないでしょうか。ネジバナはモジズリ(文字摺り)とも呼ば
   れ、平安の昔から自生している可憐なラン科の植物です。
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   20センチ前後の細い茎に、淡いピンクの極く小さな花を螺旋状に咲かせている姿は
   妖精のようです。右巻きと左巻きがあり、双方がカップルのように寄り添っている姿
   も命の洗濯をさせてくれました。

   上水堤のグリーンベルトに足を踏み入れると、それまでの強烈な陽射しが嘘みたい!
   電力消費のピーク時間帯にエアコンを切って、上水堤を歩けば節電に効果的だと思っ
   てはみるのものの、毎日では(―_―)!! まあ気まぐれに年相応に…と。
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   商大橋付近の自生野草保存ゾーンでは、カワラナデシコ(河原撫子)が切れ込みの
   深い5枚の花弁をひらひらさせていました。秋の七草の一つに数えられる撫子は、こ
   のカワラナデシコだそうで、真夏日の昼下がりにはちょっと痛々しい感じでした。地を
   這うように伸びているのは陽射しを遮るための、せめてもの知恵かしら。嫋やかなピ
   ンク色が目の保養に。
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   鎌倉橋から久右衛門橋にかけての右岸ではトキワツユクサ(常盤露草)が、下草の茂
   みの所々に。
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   茎や葉はツユクサに似ていますが、頭花は直径1.5センチぐらい。三角形に近い三枚
   の花びらは純白で、雌雄の蘂が絹糸をほぐしたようにフワフワ。黄色の葯が際立って
   優しい風情を。緑陰幽草として日本的な情緒をかもしだしていますが、南アメリカ原産
   で昭和初期に園芸植物として導入され、その後野生化して各地の樹下や路傍にも見
   受けられるようになりました。

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      シャンソンの祭典パリ祭も近づいてきました。
   KSNC会員もボランティアとして支援しているNPOいきがいサロン・オリーブの看
   護師・辛島幸子さんが世話人をしている「シャンソン会 わすれな草」の発表会が、
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      辛島さんを初めメンバーはベテラン揃いです。お気軽に参加をとのこと。
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by love-letter-to | 2011-07-03 16:37 | 道草フォト575 | Comments(2)
Commented at 2011-07-06 13:50 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by love-letter-to at 2011-07-08 20:39
柳平梨沙様 初めまして、小平のモグラです。
先日、NHKの「クローズアップ現代」でドナルド・キーン先生が
日本に帰化されるに際して、コロンビア大学の学生時代にハワイの日本人捕虜収容所で情報収集をされていたことにも触れられており、私も大変関心を以て見ました。
そのハワイ収容所で同じ任務についておられたオーティス・ケ
ーリさん(後に同志社大学名誉教授)が書かれ、1952年に法
政大学出版局から刊行された「日本開眼」という本の口絵に
ハワイ収容所の写真が2点掲載されております。出版後50年
い以上経っておりますので、手に入れにくいかもしれませんが、
私の手元にはあります。折りをみてメールを致します。