忘れ得ぬ人々& 道草ノート

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折々通信No.81 古都の春

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         春風や我が心にも吹き荒れて 
    2月最後の日曜日の昨日は、団体列車の旅に初参加。このところの気
    温のアップダウンの激しさと花粉症で、心の中まで春の嵐が吹き荒れ
    た状態でしたので、気分転換に古都鎌倉の旅に参加してみました。
    私の場合、花粉症による発疹は3~4年に1回重症化します。今春は
    5段階の4程度の重さで、頬から額、上瞼まで湿疹が出て我慢できな
    いほど痛痒くなりました。
    旅の前日、朝9時過ぎに行きつけのクリニックに駆け込んだのです
    が、風邪と花粉症患者が多くて、受付番号は29番。土曜日の診察は
    医師が一人しかいなくて、しかも午前中のみ。正午に落ち合う約束
    があり、受診できないまま帰宅してしまいました。
    昨年処方された塗り薬で応急処置をして、マスクとメガネ、帽子姿
    で鎌倉へ。幸い、日中は温かく風も穏やかで、北鎌倉~極楽寺~由
    比ヶ浜~若宮大路~鶴岡八幡宮へ。鎌倉は年中縁日のような賑わい
    でした。

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    北鎌倉商店街では様々なつるし飾りが店頭に提げられていました。今
    年で7回目、イタリアンのレストランや古民家カフェなど100店舗以
    上が「北鎌倉吊るし飾りのある街」イベントに参加しているそうで
    す。3月20日頃まで。

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    手持ちの小物を吊るしたり、コースターやトランプなども吊るされ、
    「これなら私にもできそう!」と。

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    女性の側から離縁のできない江戸時代まで、「駆け込み寺」とか「縁
    切り寺」として、女人救済の役割を果たしてきた「東慶寺」。中門ま
    での狭く険しい石段は、男子禁制のためとか。
    その本堂の入口に開祖者・北条時宗夫人の覚山志道尼の遺徳を讃えた
    歌碑、その傍らに、白梅の古木が密やかに。
    東慶寺は今から約720年前、弘安8年(1285)に開創された尼寺でし
    たが、明治以降は縁切りの寺法は廃止され、尼寺の歴史も明治35年
    (1902)に幕を閉じました。

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    3年後 明治38年から新たに円覚寺派の禅寺として今日に。北鎌倉駅か
    ら4~5分。駅に近いせいか老若男女、外国人観光客も境内に押し寄
    せて、カメラとケイタイで自撮りしている姿の多いこと!でも本堂を
    お参りされる姿は少なく、やっと古刹の雰囲気が撮れました。

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    北鎌倉から鎌倉駅へ。江ノ電に乗り換えて極楽寺へ。由比ヶ浜や長谷
    駅から比べると、この日の乗降客は少なく、極楽寺境内でも一人旅の
    気分を味わえました。紫陽花の時期は込み合うそうです。
    江ノ電の線路をはさんで向かい側の高台に建つ成就院を経て、緩くカ
    ーブした極楽寺坂を下ると10分足らずで、由比ヶ浜へ。景色は一変し
    て潮の香りと砂浜を洗う波の音、近寄って来るウィンドサーファーが
    カッコいい!
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    浜を散歩する男女、家族連れも多く、もう鎌倉の海は春の波。
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    傍らには若布を干している光景も見られ、シラス漁も行われている
    とのこと。海水浴シーズンには“芋を洗う”ような由比ヶ浜で、若布の
    簾に出会ったのは新鮮な驚きでした。

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    由比ヶ浜から30分余りで若宮大路の一の鳥居へ。源頼朝が鎌倉に幕
    府を開き、その宗社であり、守護神として800年余。鎌倉のシンボ
    ルでもある鶴岡八幡宮境内へ。正面の舞殿と本殿へ向かう参拝客の
    中で、春らしい着物でバッチリ決めた若い女性たちにカメラを向け
    たら、OKのサイン。着物女子も古都鎌倉の春をシンボリックに。
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        由比ヶ浜で拾った貝殻です。
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by love-letter-to | 2017-02-27 16:58 | 折々通信 | Comments(0)