忘れ得ぬ人々& 道草ノート

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モーニングコール

「ああ、また余計なことを言っちゃった!」と、鳩尾あたりがキリキリするたびに、谷口
政江
さんのモーニングコールが懐かしくなる。

毎朝のように9時少し前になると、「もしもしぃ谷口ですけど…、金治さんがねぇ、」と
彼女から甘えたような口調で電話がかかってきた当時のこと。

出勤前の1分2分を争う時の電話にいささか閉口していたが、政江さんは「昨日、
さんたら散歩で近くの精神障害者のグループと出会って、同じ方向へ歩いていたら、
施設指導員から“きちんと列に並びなさい”と注意されたんですって!ありうるでしょ。
フフフ・・・」。

金治さんというのは政江さんの連れ合いのことで、長年連れ添ってきた熟年夫婦に
は珍しく、彼女は夫を“金治さん”と名前で呼んでいた。

二人は京王・井の頭線明大前で室内装飾の店を営んでいたが、金治さんが子供
の頃からの夢を捨てきれず55歳の時に店をたたんで画家への道を歩み始めた。
絵描きで食べていけるかどうか…。
無謀にも政江さんは金治さんの夢の航海に二つ返事で乗船してしまった。

相当な度胸というか、日本人離れしたスケールの絵を描く夫の画の最大のファンで
あり、名プロデューサーであった。二言目には“金治さん” “金治さん”と、妬けるほ
ど仲のいい夫婦で、夫婦漫才みたいな二人三脚に苦笑させられることがしばしばだ
った。f0137096_1291529.jpg

リリ~ンリリ~ン、呼び出しベルでスカートをはきかけたまま受話器を取ると、「金治さんの絵が美山工業団地に展示されることが本決まりになったの!食堂や企業のロビーにも80点ぐらい展示されるって!」

「ギャラリーのある工業団地か…、それってビッグニュースじゃない!」と、私は飛び上がった。「だからサ…取材に来てくれない?」

政江さんからの待ったなしの電話で、スカートのジッパーを上げないまま一橋学園駅ホームで電車に飛び乗り、後ろの女性から注意されて、恥ずかしい思いをしたことが2度もあった。

ある日、何時ものように政江さんからモーニングコールがかかり、「やっぱり胸の痛みは悪性、左のオッパイは削除しなければいけないみたい…ステージⅢの終わり
かⅣだって」。

その1~2ヵ月前から胸の痛みを訴えており、懇意なホームドクターに診てもらって
いるとのことだったが、筋肉痛との診断だった。

「そうね、癌は痛みがないそうだから…」と、私も無責任な相槌を打ってきただけに、
いきなり乳癌と知らされて返す言葉がなかった。もっと口うるさく検査を勧めるべき
だった。悔やんで悔やんで…まだ悔やみきれない。

1997年1月半ば、4時間半に及ぶ手術が終わるまで、金治さんと二人の娘夫妻と
病室の前で私も不安な時をすごした。数日後、再び、病室を訪ねたら、「ねぇ、私に
も文章が書けるかしら。オッパイが一つになった気持ちは失った女でないと分から
ないでしょ。だから書いてみたいの」。

左の乳房を失って心の傷口も癒えるまで約半年間に、政江さんが綴った手記は
それまで彼女の口から語られたことのない出生時からの自分史だった。生まれて
即、育ての親に預けられた政江さんの半生が語りかけるようなタッチで綴られて
いた。

前向きで決して人を悪く言わないのは、複雑な生い立ちで産みの親も育ての親も
傷つけたくない思いやりから身につけたものらしい。テレサ・テンに似た笑顔で
葉美人
でもあった。

八王子市の高台にあった彼女たちの住まいからの夜景は、香港や小樽の夜景に
匹敵するくらい素晴しかった。そのダイアモンド夜景を楽しめるパーティやミニコン
サート、金治さんの作品展などを政江さんが企画して、よくお手伝いをした。

毎週原稿の締め切りに追われてイライラしていた私の息抜きの場だった。
その政江さんが再三再四入退院を繰り返し洗礼名クララとなって神の元へ旅立っ
てから来春でもう10年にもなる。年月の経つのは非情にも早い!

そして、電話が鳴るたびに政江さんからではないか…と、一瞬胸が高鳴って
しまう。

政江さんの手記は彼女の3周忌に『幸せのバランス』と題して上梓された。金治
んが詠んだ追悼句集と一冊になって。政江さんに会いたくなると、その『幸せのバランス』を読み返すのが、私の精神安定剤になっている。

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by love-letter-to | 2007-07-05 23:04 | レクイェム | Comments(10)
Commented by ふうさん at 2007-07-06 20:24 x
 ”絵” もすばらしいが金治さんと政江の笑顔がとても素敵です
お幸せそうです!!!
モグラさんの素敵なタッチで書いてくださってるので、
次は次は・・・どうしたかなど引き込まれて読んでいましたが
神の元へ旅立ってもう10年・・・
人生いろんなことがありますね。
 「幸せのバランス」 の・・・タイトルすばらしい!!!
記者さんになって活躍していらっしゃったモグラさんも可愛く
素敵で~~す。  政江さま 神様のおそばでどうぞお幸せに。  
 

Commented by cheery at 2007-07-06 22:54 x
人間は必ず一度は死ぬんだ・・・と厳粛に考えさせられました。
どんな素敵な人も、何らかの方法で神様はおそばに連れて
行かれるのですね。乳ガンの宣告を受けて、女性として、
どんな思いで手術台の上に乗って切除を覚悟されたか、涙が
止まりませんでした。もぐらさんのような素敵なお友達がいて
政江さまは、ほんとにお幸せだったと思いました。
Commented by 小平のモグラ at 2007-07-07 11:20 x
ふうさん毎度どーも。モグラにも政江さんのような
笑顔美人で言葉美人の親友がいました。
同い年で、性格は陰と陽。磁石のプラスマイナス
みたいな関係でした。それで息が合ったのかも。
ふうさんも政江に似ているみたいに感じます。
Commented by 小平のモグラ at 2007-07-07 11:41 x
cherryさんて、本当に聡明な女性ですね。
頂くコメントから教わることが多いモグラです。
乳癌も発見が早ければ治る病気とされていますが、
政江さんの場合は発見が遅く、しかも進行が早くて、
一年後には再手術で右のオッパイも切除し、その後
も抗がん剤治療を重ねた末に旅立ちました。
息を引き取る30分前に会ったのが最後の別れでした。
きっと彼女は私に人の死に際を見せてくれたのですね。
残された人生をしっかり生きるようにと。
Commented by スクハジ at 2007-07-07 21:09 x
お帰りなさい!暫く更新が無く寂しい思いで、待ちかねていました。
素敵な方とのエピソード・・なんで何も悪い事をしないのに、病はやってくるのでしょう?何だか今までには感じなかった死と言う事に
深く考えるようになり、歳を感じています。金治さん、政江さん素敵なカップルですね!無くなる30分前にお会いするとは、きっと何かを訴えたかったのでしょう。忘れられない友のお一人でしょう~。
Commented by クリン at 2007-07-08 08:45 x
モグラさん!
今朝私にしては珍しく早起きをして、読ませていた頂き、涙のひとときでした。
モグラさんにとって忘れえぬ人・・・私にとってもこのエピソードは忘れえぬものになりそうです。なんて素敵な夫婦の物語でしょうか。
モグラさんの中でこういった方々を取材され、その後を見守られ、その背景には悲喜こもごもの物語がおありなのでしょうねぇ。
Commented by 小平のモグラ at 2007-07-08 11:49 x
スクハジさん、お久しぶりです。
気分転換にフラッとイングランドを再々訪して、
田舎巡りをしてきました。その旅の間にも政江さん
のことを思い出したので、帰国早々、このモーニング
コールを書いてみました。
本当は一冊の本になるくらいの思い出があり、ワープロを
使っていた時代に400字原稿用紙で100枚くらい書いて
ありますが、ブログではほんの一滴だけで…。
でもね、彼女は59歳のままですが、私は日々老いており、
この先どう生きるかが試されているみたい。ああ!
Commented by 小平のモグラ at 2007-07-08 12:05 x
クリンさんはご主人を見送られておられるので、
感じることが私より深くて、ご主人との別れを思い出させた
かもしれません。
きっとクリンさんご夫婦にも書ききれない思い出やドラマが
あることでしょう。
機会がありましたら聞かせて下さい。人生って綴ると、
みんなドラマティックなんです。「人生はカーニバルだ!」
というのが金治さんの口癖でした。

Commented by picarbabu at 2015-06-14 19:14 x
モグラさん、「人生はカーニバルだ」の言葉通りの一生を貫いて、金治さんは本日、モグラさんはじめ大勢の親友に見送られて、昇天しました。
「~また会う日まで また会う日まで~」の歌声に送られて・・・
Commented by love-letter-to at 2015-06-14 22:28
picarbabuさんコンバンハ!
picarbabuさんから谷口金治さんの容体が悪いとお知らせを
頂いていましたから、康子さんから訃報の知らせが届いた時、
比較的に冷静でいられました。
でも、本日の告別式で讃美歌405番の「また会う日まで…」の
リフレーンには、金治さんの生い立ちや正江夫人との在りし日
が思い出されて、胸が詰まりました。
康子さんと真木子さん、お孫さんたちの告別の辞に私の思いも
重なります。金治さんは寅さんのように純情で、健さんの映画のように男性の優しさを持っていたように思います。
自画像だという「青いピエロ」の絵が思い出されます。合掌。