忘れ得ぬ人々& 道草ノート

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2008年 01月 05日 ( 1 )

心の杖と夢

       ◇ 心弾む年賀状 ◇
高橋二六さんから頂く賀状も毎年心待ちにしている。宛名も二六流の筆文字で書かれており、賀詞も毎年ありきたりではなくてすこぶる楽しい。
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二六さんに初めてお会いしたのは昨年で16回目を迎えた『世界障害者絵画展』のスタートの年だった。平成3年より毎年、小平市天神町の三菱電機ビルテクノサービス人材開発センターの体育館で開催されている。

先天的あるいは病気や事故災害などで手に重い障害を負いながらも、足や口で筆を使いながら絵を描くことに生き甲斐を見出し、芸術作品を生み出している国内外の画家たちの作品展だ。絵を見る限りでは、手が不自由な人が描いたとは全く感じさせない作品ばかりで、それぞれの労作に心酔してしまう。

前向きに生きることの素晴しさを、ひたむきな命の輝きを、秘めたる力の大きさに感動せずにはいられない。アフリカや東欧諸国の画家もいて世界とのつながりも深く感じられる。
世界でも例の少ない素晴しい絵画展ではないだろうか。

       ◇ 小平市の一隅で世界障害者絵画展開催 ◇
エレベーターやエスカレーター、空調、セキュリティなどビル設備の運営管理を業務とする企業の人材開発センターで、何故、世界の身体障害者の作品が展示されるようになったのか…。小平市の一隅で・・・。
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この企画を発案した高橋二六さんの話では、全国から研修や新しい技術の習得に訪れる社員のために新装した宿泊棟が殺風景で、壁に飾る絵を探し歩いていた時、『世界身体障害者協会』の作品に出会ったそうです。

「その出会いから作品を譲って頂くことになったのですが、自分たちだけが見るのは勿体無い力作ばかりで、地域の人たちにも楽しんで貰いたい」と、人材開発センターの社員の手作りで公開が始まった。回を追うごとに手弁当で有給休暇を使って会場係に駆けつける社員が増え、全社的に広がったと感激している高橋さんだ。

現在では同社の支社のある都市をはじめ全国160都市を巡回して、約42万人が観覧しているそうだ。そのきっかけを作り、定年退職される直前の10回展まで責任者を務めた高橋二六さんだが「絵との出会い、人との出会いが花咲き実を結んだようです」とテレるばかりだ。

       ◇ 二六流書道の作品展 ◇
退職後しばらくして顔を合わせたとき「字を褒めてくれる人がいて、我流ですが書道を始めました」と聞いて、高橋さんから頂いた礼状や賀状の“絵のように味のある筆文字”に感激してきた私は、やっぱり目の効く人がいるんだナと嬉しかった。

2001年の賀状には「仲間の誘いを受けて1月松明けから三人展を開催することになりました。絵画と写真に私の書を12~13点ずつ展示します」と、遠慮がちに書かれていた。

たしか3日目だったと思うが、京橋の『並樹画廊』で開催されている『第一回 三人展』に出向いて、高橋さんにとっては初めての作品展を拝見した。「一期一会」「心」「夢」などの文字が温かくて墨の色の奥深さに見とれてしまった。
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高橋さんは小学5~6年生の頃に書道会に入って字を書くのが楽しかったものの、それ以来筆を握ったことはなかったそうだが、私は“好き”に勝るものはないと思っている。“惚れる”のが最高の“道連れ”だ。そして幸せだ。

退職後、惚れ込んだ書とテニスを道連れにしている高橋さんは、何時お会いしても幸せそうで、私まで幸せにしてくれる。

       ◇ 夢と心の杖となった言葉を初個展で ◇
2006年のゴールデンウィーク明けには「初めての個展をやることになりました」と、案内状を頂き、5月末に花小金井駅近くの『茶房・ギャラリー 萌木』で高橋さん念願の初個展が開催された。個展が一つの夢だった。

山小屋風の小さなギャラリーの壁には、独特の筆使いで書かれた「」の字と並んで「ありがとう」「すいません」「おかげさまで」「下駄は揃えて脱ぐんだよ」・・・と、高橋さんの母親が口癖にしていた言葉も色紙に書かれたり表装してあった。それらの飾らない言葉が語りかけてくるようだった。
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「片田舎で90歳の大往生をとげたオフクロの言葉で私は育てられ、道を外れず今日まで生きて来た心の杖のようなものですから・・・」と高橋さんは歯にかんでいた。六男三女の末っ子で紀元2600年(昭和15年)に生まれたから“二六”と名づけられたそうで、長兄とは親子ほども年の差があったせいか、母親にはことのほか目を掛けられて育ったとのこと。

母親に声かけられた言葉が“心の杖”だなんて、何て素晴しい表現なんでしょう。きっとお母さんも愛情に満ちた素晴しい母親だったでしょうが、童心を持ち続けている高橋二六さんも羨ましい。「を持ち続ければ、必ずかなう」と、を追いかけている。

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左は二六さんの字で書かれた花小金井南町の『茶房 萌木』の看板
右は晩唐の詩人・李商隠が長安を見下ろす高台に登って夕暮れを眺めながら詠んだ
詩の一節「夕陽無限好 只是近黄昏」からで、消え行く唐の時代と重ね合わせながら、
人生の晩節も夕陽のように輝いて生きたいと詠じている。
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by love-letter-to | 2008-01-05 21:31 | 人間万歳! | Comments(13)