忘れ得ぬ人々& 道草ノート

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2008年 01月 19日 ( 1 )

肝っ玉母さんの藍染め人生

       ◇ 利休鼠色の長暖簾 ◇
ぼろ隠しとしてマイルームに下げてある長暖簾は藍染研究家・若林都茂子さんの作品である。半間幅で丈は150センチあまり。床上がり30センチぐらいの暖簾だ。

絞りで菖蒲をあしらい藍色というよりは利休鼠に近い地色に染め上げてあり、渋い配色が気に入っている。
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30年以上にわたる若林さんの藍染め人生の最後の個展で、この長暖簾を買い求めて5年ほどになる。今年1月2日に86歳の誕生日を迎えた若林都茂子さんとも、そろそろ30年近いお付き合いだ。

       ◇ 藍染め講習会での出会い ◇
1980年頃だったか、小平団地の集会場で藍染め講習会が開かれると聞いて、訪ねたのが若林さんとの初対面だった。当時、本藍を使った藍染め講習会は珍しく参加者も多かったが、若林さんの意気込みもなかなかだった。
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「藍は建てるというくらい手間隙がかかるの。藍の生葉を細かく切って乾燥させ、適当な水分を補いながら攪拌・発酵させてスクモに仕上げるまでに3ヵ月以上もかかるのよ。本藍で染める教室なんか何処にもないから…」。

機関銃のようにポンポン飛び出す言葉は荒っぽいが、気性はスパッとしておおらかだ。受講者一人一人に目が行き届き、肝っ玉母さんだ!というのが第一印象で、今でも変わらない。


       ◇ 雨ニモ夏の暑さにも冬の寒さにもマケズ繊維博物館へ ◇
その後3年ほどして、「東京農工大工学部繊維博物館の特別研修生として、藍染サークルの指導もすることになり、藍甕の置き場所も確保できたの。それが一番嬉しい!」と、若林さんから弾んだ声で電話がかかってきた。

直径も深さも70~80センチ以上もある大きな藍甕の保管場所に頭を悩ませていたから、朗報には違いないが、還暦を迎えた若林さんが東小金井駅近くの繊維博物館まで毎日、小平団地から自転車で往復するのは大変だろうなあ…と、私は内心危ぶんでいた。

ところが、若林さんは宮澤賢治の詩「雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモ・・・」さながら、藍染めの研究指導と藍甕の“お守り”に日参した。
「毎日通っているんですか?」「そうよ、夫と母と私のお弁当を作って毎朝8時には家を出るの…」と涼しい顔をして、“藍に会いに”往復した若林さんのパワーには、圧倒されっぱなしだった。
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       ◇ 藍は愛の色 可愛い生き物 ◇
藍甕は一日に何度も攪拌し、温度管理も難しい全く手の焼ける生き物である。「藍は愛の色」というのが若林さんの口癖で、本当に藍に惚れ込んでいた肝っ玉母さんだ。

猛暑や厳冬にもゴム長履いて、大きなエプロン姿で爪も手も真っ青にして「洗ったって落ちやしないの。ブルーのマニュキアしてるつもりよ」と笑っていた。藍は可愛い生き物だそうだ。

たまたまデパートで藍染の実演を目にして、震えるほど感動したのがきっかけだそうで、その年月日も昭和54年10月19日とハッキリ記憶している若林さんである。

図書館に日参して染色の本をしらみつぶしに調べたが、当時、藍に関する文献は見当たらなくて、その2年前、繊維博物館から研修に行った八王子の藍染工房に通って手ほどきを受けた。藍染のような伝統工芸は教わったからできるという生易しいものではない。
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主婦業のかたわら失敗を繰り返しながら身体で覚えたが、藍を何度腐らせてしまったことか。その研究心が実って日本染色教育一級講師にも合格した若林さんは、地元をはじめ各地で個展を20回以上も開催してきた。藍染に手を染めたお陰で人間国宝級の染織家からも教えを受けることができたという。

       ◇ 傘寿を迎えて 藍とのお別れ会 ◇
そんな若林さんが傘寿を迎えた2003年の3月、「これで本当に藍染とはお別れすることにして、最後の展示会を開きます」と案内状が届いた。その10年前、農工大繊維博物館の講師を去る時にも「藍染めから身を引く」と、お別れ会まで開いていたので信じ難かったが、今回は同居している実母の早苗さんも百歳を超して、老々介護に向き合わねばならないとのこと。f0137096_23471215.jpg
小平市のシルバー人材センターでも10年あまり藍染め教室開いてきたが、それも教え子にバトンタッチしたそうだ。
母親の介護について愚痴らしきことを一度も耳にしたことがなかっただけに、返す言葉がなかった。「また新しい出発ね!」と、傘寿の餞に譲って頂いた長暖簾は肝っ玉母さんのパワーがみなぎっているようで、私を背後から見守ってくれている。

その後、実母の早苗さんは特養ホームに入所でき今年の二月、108歳の茶寿を迎えるそうで、「施設の皆さんに感謝の日々よ」と若林さん。その感謝を込めてボランティアで団地集会所で月に2回ほど染色教室を開き「八十路越え 染めの山路は 未だ遙か」の日々だそうです。
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by love-letter-to | 2008-01-19 23:54 | 人間万歳! | Comments(7)