忘れ得ぬ人々& 道草ノート

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道草ノート:捨て猫ホームレスその⑮

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     北京五輪が閉幕する前後から、この季節には珍しく雨が降り
     続いて、吾輩捨て猫ホームレスの仲間も“どぶねずみ”みたいに
     ぐっしょり。最近の雨は一時的に集中して降るから、各地で都市
     洪水もひんぱん。先進国日本で信じられない災害が!

     まだ猛暑が続いていた8月初め、大けやき道で陸稲が稲穂を
     垂れている珍しい光景を目にしたよ。玉川上水の分水が引かれて
     耕作できるようになったかつての小平一帯の農地は畑作が殆ど。
     鈴木新田と大沼田新田の一部では水田もあったそうだが、作物の
     8割は大麦でモチ米用として陸稲の栽培がされていたらしい。陸稲は
     連作ができず、草取りも大変だから昨今は陸稲を栽培する農家は
     ごく稀だと聞いている。
     今回は陸稲畑の貴重なシーンに続いて、上水に聖火を灯したような
     野の花と吾輩捨て猫ホームレス仲間とのおしゃべりを。
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by love-letter-to | 2008-08-28 20:38 | 小平の原風景求めて | Comments(0)

道草ノート:捨て猫ホームレス その⑭

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    日中のアスファルトはまだ火柱が揺れているようだが、朝夕は
    しのぎやすくなって、吾輩捨て猫ホームレスもホッと一息。
    少し遠出をしてみたら、小川上宿あたりの街道沿いの高垣と言われる
    生垣がさっぱりと“散髪”されていた。
    剪定されると高木の白樫と中高木の柊、低木のツツジなどを組み
    合わせて見事な風避けと目隠しになっているんだ!

    この一帯の新田時代には春先の赤っ風とか黄塵と呼ばれる砂嵐が
    吹き荒れ、秋口の台風からも家屋敷を守るために開拓者たちは防風林
    を設けたんだ。茅葺の屋根を守り、夏の日除けなどのためには高垣を
    築いたそうだ。最近、都市の温暖化策として緑のカーテンがモテモテ
    だけれど…、300年以上も前からその知恵はあったんだね。
    そういう歴史的な景観と知恵を大事にしたいなァ!と、捨て猫仲間たち。
    今回は同胞の“犬”の名前がつく野の花とのおしゃべりを。

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by love-letter-to | 2008-08-21 13:06 | 小平の原風景求めて | Comments(4)

道草ノート:捨て猫ホームレス その⑬

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   夏の甲子園の熱戦に続いて北京五輪が開幕!それらのテレビ観戦の
   せいか、日中の玉川上水の人出は少なく蝉の天下だ。
   吾輩捨て猫ホームレスと仲間たちは朝から晩まで彼らの大合唱にお付き
   合いして、寝不足ぎみだ。蝉のラブソングは騒音に近いからね。

   炎天下では里芋の葉が大きくなって、日傘みたいだ。元禄当時(1690年代)
   の小川新田の農作物に関する資料によると、粟、稗、芋、蕎麦、陸稲、菜大根
   とあり、芋は里芋ではないかと…。里芋は稲より早い時期から渡来したそうだ
   から、小平でも古くから栽培され、里芋畑は昔の姿を伝えているように思う。
   今回は空飛ぶ鳥の姿をした野草とのおしゃべりを。
   
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by love-letter-to | 2008-08-13 22:38 | 小平の原風景求めて | Comments(6)

道草ノート:捨て猫ホームレス その⑫

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    おやおや、あれは何だろう?
    学校が夏休みに入ってガラ~ンとした校庭の隅で重そうな薪を
    背負って歩きながらも書物を読んでいるようだ。
    吾輩捨て猫ホームレスなんか足元にも近づけない勤勉さに
    ちょっと参っちゃったけど…これがかの二宮金次郎の石像なんだね。

    金次郎は幕末の頃、貧しい農民の子だったにも関わらず努力して学び、
    明治時代に農政や財政の立て直しに貢献した偉大な人らしいけど、
    たしか昭和初期、日本が軍国主義にまっしぐらになって、児童に皇国心や
    勤勉さを植えつける象徴として、金次郎の銅像を全国の小学校に建てる
    ことが奨励されたと聞いている。戦後は軍国主義を払うために取り壊され、
    また、学校の改築などで殆どが消えてしまったそうだが、玉川上水沿いの
    この学校には残っていた。そして堤沿いには…
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by love-letter-to | 2008-08-07 12:24 | 小平の原風景求めて | Comments(6)