忘れ得ぬ人々& 道草ノート

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道草ノート:捨て猫ホームレスその48

                通 船 河 岸 跡
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       玉川上水堤も目に青葉若葉シーズンに。吾輩捨て猫ホームレスも緑し
       滴る堤を西へ東へと。古くからの南北路・府中街道にかかる久右衛門
       橋から10メートルほど下流左岸を見下ろすと、少しへこんだ窪みがある
       のをご存じだろうか。
       久保河岸跡と呼ばれている。河岸とは船を留めて荷物の上げ下ろしを
       する場所なんだって。

       玉川上水にも明治3年4月~5年5月に物産の輸送船が通ったそうだ。
       流域の村々の農作物や薪炭などを江戸中心部に運んで現金収入を得
       る手段として、大量に輸送できる通船を4回も江戸幕府に出願したが、
       上水の水が汚れることを理由に許可されなかった。

       ところが、明治政府になって薩長出身者で占められた上層部の役人た
       ちは、江戸の町のことには無頓着。玉川上水の使命も軽~く考えたの
       か、明治2年に許可されちゃったんだ。水路幅を広げたり、分水口を統
       合して船溜まり・荷揚げ場の河岸も設けられた。

       小平市域にも7ヵ所の河岸があったそうで、その一つが久保河岸。小
       川村名主家の手代で河岸を任せられたのが久保家だったそうだ。下
       草丈が低い今時分なら土止めの杭も見られる。
       今回は街路にも殖えてきた2種の野草と吾輩捨て猫ホームレス仲間
       のトークを。
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by love-letter-to | 2009-04-30 14:56 | 小平の原風景求めて | Comments(2)

道草ノート:捨て猫ホームレスその47

                 分 水 口 遺 構
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       玉川上水両岸の木々もすっかり新緑に包まれ、伸びてきた下草の間に
       キンランが!我が輩捨て猫ホームレスの記憶からすると昨年より1週間
       以上早く開花している。
       今月初め、小金井桜を見て歩いていた時のことだが、曙橋(小金井市)の
       上流と下流近くで分水ゲートの巻揚げ器を発見した。千川上水への分水
       量を調節するための装置だったらしい。ことに曙橋下流では、かつての分
       水口の構造がはっきりと確認できて感激!

       我が輩捨て猫ソクラテス…いやホームレスの“薄学”では、千川上水は元
       禄9年(1696)徳川綱吉の時代に玉川上水から分水し豊嶋郡巣鴨村の堀
       溜まで5里24丁30間(約22キロ)開削。綱吉の別荘であった白山御殿、湯
       島聖堂、上野東叡山、浅草寺に水を引き、余水を小石川、本郷、湯島、外
       神田、下谷、浅草までの大名、旗本、寺や町家にいたるまで江戸市街地
       の3分の1にあたる広い地域の飲料水として利用されたという。その後、干
       害に苦しんでいた流域村々の農民の嘆願により余水を田畑の灌漑用にも
       利用されているが、元々は将軍家などのお屋敷専用だったんだね。

       明治時代以後は流域の工業化にともない紡績、製紙、火薬製造の動力
       源に。旧大蔵省印刷局では昭和46年まで紙幣用の紙漉きに千川上水
       が使われたそうだ。

       そんな近世近代史が刻まれている千川分水口の構造は、我が街小平の開
       拓を促した小川分水の分水口のかつての姿にも重なる。今回は今を盛りと
       開花しているアオキの雌雄の花と吾輩捨て猫ホームレス仲間との会話を。
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by love-letter-to | 2009-04-23 22:22 | 小平の原風景求めて | Comments(0)

エクスプレス:河野保人ツィターコンサート

             ♪河野保人ツィターコンサートへのお誘い♪
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       ツィターという楽器をご存知ですか?戦後間もなく公開されたイギリス映画
       『第三の男』の主題曲の演奏で一躍有名になった楽器…と言えば、シニア
       世代にはそのメロディと音色が甦ってくるかも。
       ツィターはそもそも古代ギリシャで奏でられ、天使が聖フランシスコのため
       に演奏されたと伝えられる楽器で、ヴァイオリンやギターのような弦楽器の
       ルーツだそうですが、中世以後オーストリア・ドイツ地方で親しまれてきた民
       族楽器です。

       そのツィター演奏を本場で身に付け、今や世界屈指の演奏家として知られる
       河野保人さん(77)の演奏会が24日(金)19:00~国分寺市いずみホールで
       開かれます。同市在住の河野さんが20年前から地元で続けてきた年一回の
       コンサートです。
       長男の直人さんもツィター演奏家として活躍しており、世界的にも珍しい父子
       によるツィター・デュオも聴けるコンサートです。その競演はエキサイティング!
       でアットホームな雰囲気です。
           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
       日  時:4月24日(金)18:30開場、19:00開演 
       場  所:JR西国分寺駅南側 いずみホール
       演奏曲目:『第三の男』『小さな村の小さな家』などツィター名曲に加えて
              『ターキーinザ・ストロー』など本邦初演曲などソロとデュオで。
       チケット:全席自由3,000円
       申  込:042-322-0216 河野保人事務局
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by love-letter-to | 2009-04-17 14:58 | エクスプレス | Comments(0)

道草ノート:捨て猫ホームレスその46

                    名勝 小金井桜
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       長持ちしていた今春の桜もヒラヒラハラハラ…花吹雪となって、吾輩
       捨て猫ホームレスの上にも舞い降りてくるようになった玉川上水堤。
       約270年の昔、小金井橋を中心に東西2里にわたって2000本の
       山桜が植えられ、その後、江戸の桜の名所となり、大正13年には
       国の名勝に指定された小金井桜の花見をしながら、歩いてみた。

       交配種であるソメイヨシノは花が満開を過ぎてから葉が伸びてくる
       が、大和吉野や常陸桜川などから苗を取り寄せた小金井桜は、花
       が先か葉が先か…。葉が緑のを青芽、赤いのは赤芽、茶っぽいの
       は茶芽と古い土地の人々は呼んで、山桜の方が風情があるとか。

       ところで、その小金井桜は平成4年に付けられた番号札によると、
       1番の桜は元小川水衛所近くの左岸にあり、6キロほど下った境橋
       で折り返して、元小川水衛所下流右岸に1,112番めの桜が!
       途中、小桜橋~茜屋橋右岸が最も往年の桜並木の姿を留めていた。
       吾輩捨て猫ホームレスにしては往復12キロの大遠征であった。

       今回は桜と同じバラ科のモミジイチゴとクサイチゴを。
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by love-letter-to | 2009-04-11 23:47 | 小平の原風景求めて | Comments(0)

道草ノート:捨て猫ホームレスその45

              さ く ら 折 る べ か ら ず
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       今春の桜は助走が長くゆっくりピークに向かっているようだ。吾輩捨て猫
       ホームレスはそろそろ『小金井桜』も見頃かと、玉川上水堤を下流に向か
       って歩いてみた。往年の名声は見る影もないが…。
       小金井桜は元文2年(1737)、武蔵野新田世話役であった川崎平右衛門
       定孝が幕命によって植えたといわれる。
       小金井橋を中心に東西2里にわたって玉川上水の両岸に山桜約2000本
       を植えたとされる。小金井橋のたもとにある海岸寺境内の『小金井桜樹碑』
       はもちろん吾輩捨て猫ホームレスには読めないが、「新田開発のため桜を
       植えた」と記されているそうだ。

       その桜並木は江戸・文化文政期には関東随一の桜の名所として歌川広重
       の錦絵などでも紹介され、ブレークしたが、次第に樹勢の衰えが…。枯れる
       樹も目立ち始めた幕末・嘉永年間に田無村名主・下田半兵衛によって大規
       模な補植が行われた。その多大な費用と労力を担った周辺の村人たちの事
       績を後世に伝える『桜樹接種碑』が小金井公園から下流300メートルほどの
       左岸に建っている。「さくら折るべからず」と刻まれた山型の自然石の碑は、
       150年以上も前に建てられたとは思えない斬新さで、花見に訪れる人のマ
       ナーの悪さも訴えているのだが…。
       今回は花の直径が2~3ミリの極小の花を。
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by love-letter-to | 2009-04-04 02:09 | 小平の原風景求めて | Comments(0)