<   2009年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

              二 等 三 角 点
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       新田次郎原作『劔岳 点の記』が映画化・公開されている折り、吾輩捨て猫
       ホームレスはふと小平市立一中グラウンドの東南角に埋め込まれている三
       角点の標石を訪ねてみた。
       三角点とは正確な地図の作成や地殻変動を調べるための基準となる点だそ
       うで、明治近代政府になって国土の正確な地図を作成する上で採用されたの
       が三角測量という測量方法。山あり谷ありの地形を実測するのは不可能で、
       その代わりに基準となる点を設け、三角形の原理を応用して一辺の距離と二
       角の角度を知ることにより、他の二辺の距離を計算で求めて地図にしていくそ
       うだが詳しいことは映画をどーぞ!
     
       ここに設置されているのは二等三角点と言って明治33年(1900)6月7日に
       設置されたと、説明板に書かれている。小川村、小川新田、大沼田新田など
       7カ村新田が合併し小平村が誕生して11年目のことで、現在の仲町公民館
       の位置に村役場が設けられていた。

       15センチ角の花崗岩の標石の頭に刻まれている十の印の位置が北緯35度
       43分30秒3741、東経139度29分20秒4198、標高75メートル89センチ
       と、その数字の細かさに驚いた!小平市内では唯一の三角点で、二等三角
       点は約8キロ間隔、全国で約5000カ所に。「点の記」とは三角点・水準点・基
       準多角点など基準点の設置・測量の記録で国土地理院に永久保存されてい
       る。今回はお金に因んだ名前の草木の花を。
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by love-letter-to | 2009-06-30 14:57 | 小平の原風景求めて | Comments(6)
                 青  梅  橋
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       夏至も過ぎ、吾輩捨て猫ホームレスは苦手な猛暑を迎える前に青梅街道を西
       へ。東大和市駅前で立川方面から来た通りと合流して青梅街道は大きくカー
       ブして北上するが、その合流地点で小さな祠と石造物が目に飛び込んできた。
       傍らの説明板によると、承応4年(1655) 玉川上水から分水された野火止用水
       を青梅街道がこの地点で横断するために橋が架けられ、青梅橋と名付けられ
       たそうだ。
       両岸は石組で固めた幅2.5メートル長さ4メートルの木の橋だったが、昭和にな
       ってコンクリート製に。その橋も昭和38年に撤去され青梅橋が名のみになった
       経緯は、簡単にいうと東京都の水事情と玉川上水開削300年来の水道施設の
       大幅な変更・駅周辺の道路拡張などによるもの。
       東大和市駅も昭和52年(1979)までの駅名は青梅橋駅。青梅街道もかつては現
       在の桜街道のルートで、その中央に桜並木が続いて桜の名所だったそうだが…。

       変則的五差路になって車両通行の煩雑なかつての青梅橋には、吾輩も目が回
       るようだった。祠の中に高さ1.2メートルほどの庚申塔。安永5年(1776)年小川
       村の講中により建てられ、裏面には「西おうめみち、東江戸、南八王子、北山く
       ちみち」と道標も兼ね、その脇の高さ50センチ余りの石造物は青梅橋の名残り
       だそうだ。前面には「河を…」と彫られているように読めるのだが?

       かつての分水口には都水道局小平監視所が設けられ、その下流の玉川上水に
       も野火止用水にも元の水はストップされ、野火止用水も青梅橋跡から700メート
       ル下流ほどは暗渠にされてしまった。今回は平安の昔に因んだ草木の花を。
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       《追記》青梅橋の石造物について早速、以下のような情報が寄せられました。
       「青梅橋の件、祠入りの庚申塔の左側の石造物はかっての青梅橋の親柱の一つ
       と思われます。以前は後ろの植え込みにあったのですが数年前イチョウの根元に
       移され、更にその位置に庚申塔が移されて、現在の配置になりました。
       正面には「阿を免ばし」と彫られています。又右手には欄干がはめ込まれていた
       と思える穴の跡も残っていたと思います」小平I.Y
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by love-letter-to | 2009-06-23 23:38 | 小平の原風景求めて | Comments(0)
               津 田 塾 大 専 用 分 水 口
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       最近の梅雨は局地的にドカッと雨が降るみたいで、晴れ間を見つけて
       吾輩捨て猫ホームレスは深緑になってきた上水堤歩きを。年々ドクダ
       ミの群生が広がり、触れて歩くとあのドクダミ特有の匂いが鼻をつく
       んだ。十薬とも言われるからまあいいか!

       府中街道と上水が交差する久右衛門橋下流30メートル付近の新堀用水
       に、ポッカリと開いている分水口が!すぐ北側に接している津田塾大学へ
       の分水口のようだ。高さ1メートル前後のコンクリート壁面に50~60センチ
       角に切り込まれ、余水の吐け口らしき口と少し下流には堰跡も吾輩の目
       線では見られる。

       明治33年(1900)津田梅子によって創立された日本国で最初の私立の女
       性高等教育機関の伝統を誇る津田塾大学。将来を見越して大正11年に約
       2万5,000坪の用地をこの地に求めた際に、春先きの黄塵に備えて周囲に
       防風林を設け深井戸を掘ったそうだが、新堀用水からも分水できるようにし
       て万一の災害に備えたとのこと。

       折りも折り、麹町の校舎は関東大震災で全焼!移転してきた昭和6年当時
       は“陸の孤島”と言われ、ほぼ全寮制だったという。周辺の上水堤には栗の
       木も多く、寮生たちが毎年栗拾いをしてその日の夕食は栗ご飯だったそうだ。

       来年には創立110年を迎え、そんな話は遠い昔のことのように思えるが…。
       男女共同参画社会の実現にはまだまだ意識改革と課題も。今回は今を盛り
       に咲いているドクダミとその変異種の八重のドクダミを。
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by love-letter-to | 2009-06-16 19:23 | 小平の原風景求めて | Comments(1)
                桑 の 木 と 桑 の 実
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       関東甲信越の梅雨入りも間近いとの報だが、吾輩捨て猫ホームレスが
       先日、桜橋を訪ねての帰途のこと。50メートルほど下った所にある八左
       衛門橋脇に、玉川上水沿いで最大と言われる桑の木の下に、熟れ落ちた
       桑の実が一面に散らばっていた。辺りの土を黒く染めるほどいっぱいで、
       思わず“勿体ない!”
       幹回りは1メートル近く、張り出した枝が五日市街道の屋根になっているみ
       たいで、向かいのマンションの5階に達する高さである。

       小平周辺でも幕末頃から養蚕が盛んになったそうで、昭和初期までは耕
       地の多くが桑畑であったそうだ。その桑畑から飛散したか野鳥によって運
       ばれて発芽したのか、上水堤にも桑の木が少なからず植わっている。
       
       横浜開港150年を記念してイベントが盛大に繰り広げられているが、輸出
       の花形・稼ぎ頭で日本の近代化の財政を支えてきたのは生糸と茶で、茶
       摘み娘も製糸工場の働き手も女性であった。

       青梅街道や五日市街道、東京街道筋で平屋だが屋根が二重になっている
       旧家を見ると、屋根裏で蚕を飼っていた名残ではないか…と。そんな家屋も
       めっきり少なくなってしまって、小平の養蚕の歴史も消えてしまうのではない
       かと吾輩捨て猫ホームレスには感じるこの頃だ。
       今回は路傍に愛らしく咲いている桔梗草と常盤露草の花との出会いを。
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by love-letter-to | 2009-06-09 20:25 | 小平の原風景求めて | Comments(0)
                  桜  橋
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       梅雨入り前に雨模様の日が続いて、吾輩捨て猫ホームレスも肌寒い陽気に
       クシャンクシャン。さては新型インフルエンザか…と?
       ところで、西武多摩湖線と玉川上水が交差する辺りにかつて「桜堤」という駅が
       あったそうだ。東京の水甕・村山貯水池(多摩湖)が完工した翌年の昭和3年、
       同貯水池が観光地として脚光を浴びるのを見込んで、西武グループの創始者
       ・堤康次郎が国分寺駅からの多摩湖鉄道を開設。西武多摩湖線の前身だ。

       堤康二郎は大正年間から現在の一橋学園一帯に学園都市構想を掲げて大規
       模な宅地分譲を手掛けており、その足の便としても多摩湖鉄道は年願だったら
       しい。
       国分寺駅から最初の駅が玉川上水・五日市街道と交差する地点に設けられた
       「桜堤駅」で、玉川上水堤の桜見物の最寄駅としてもアピールされたらしいが…
       五日市街道の交通の妨げになる上に、桜並木は衰退、利用者も伸びなかった
       ようで廃止に。学園分譲地建設資材の積み下ろしに利用されていたとのこと。

       「桜堤駅」に因んでつけられた「桜橋」もその名残を留めた親柱や欄干は、多摩
       湖線の線路脇の細い歩道専用道路にひっそり。吾輩捨て猫ホームレスには有
       難い存在だが、気付く人は少ないだろうなア。

       今回は可憐な姿で舗装道路脇でも殖え続けている外来種のアメリカフウロと
       アカバナユウゲショウとのおしゃべりを。
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by love-letter-to | 2009-06-02 21:58 | 小平の原風景求めて | Comments(0)

忘れ得ぬ人々&道草ノート折々


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