忘れ得ぬ人々& 道草ノート

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道草ノート:捨て猫ホームレスその62

                石 塔 が 窪
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       残暑がひと休みしていた日、吾輩捨て猫ホームレスも秋めいた風に誘われ、
       小平の開拓創始者小川九郎兵衛が幕府の許可を得て明暦2年(1656)最初
       に鍬入れをしたとされる窪地を訪ねてみた。
       青梅街道と旧鎌倉街道が交わる地点から北へ100メートルほどの地点、か
       つては大きな石塔が建っており『石塔が窪』と伝承されている。確かに青梅
       街道から緩い下り坂にはなっているが、それらしき目印も痕跡もなく吾輩は
       途方に暮れてしまった。

       伝承によると、江戸末期までこの地には秩父青石のかなり大きな板碑が建っ
       ていたが、府中の六所祭りの神輿かつぎに参加した若衆たちが酔った勢いで、
       その板碑を担ぎ出し、毎年担ぎ運んでいるうちに久米川宿の古刹・正福寺参
       道付近まで移動されてしまったとか。

       参道入り口を流れる小瀬川に、その石碑を渡して何と石橋代わりに使用して
       いたんだって!お誂え向きだったのだろう。碑銘が水面に映るので経文橋と
       か念仏橋と呼ばれていたそうだ。
       時代は下って昭和初期に橋の改修をしたところ、板碑は動かすと疫病が流
       行るという言い伝え通りに周辺で赤痢が流行!で、法要を営み正福寺境内
       に保存堂を設けて懇ろに収めたそうだ。
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       その板碑は高さ2.85メートル、幅55センチ、都内で最大で『貞和の板碑』と
       して東村山市の有形民俗文化財に。同市ふるさと歴史館に原寸大の複製が
       展示されているのを吾輩も確かめて来たんだ!
       今回は初夏から咲き続けているクサノオウと秋口に咲く山芹を。
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by love-letter-to | 2009-08-27 14:32 | 小平の原風景求めて | Comments(2)

エキスプレス:玉川上水の秋の七草

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       草叢では虫の音が高らかになり、朝夕は新涼を感じる昨日今日ですが、
       二十四節気・処暑を迎えて「玉川上水オープンギャラリー」で、鈴木忠司
       さんが上水堤で撮影された秋の七草が展示されています。オミナエシで
       蜜を吸っている揚羽蝶、また日中は盛んに声を張り上げている法師蝉が
       羽化したばかりの写真も展示されています。羽が翡翠色に透き通ってド
       ラマティック!同展示は9月6日まで。場所は玉川上水新小川橋の東側
       です。西武国分寺線鷹の台駅から西へ3~4分

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by love-letter-to | 2009-08-24 21:26 | エクスプレス | Comments(0)

道草ノート:捨て猫ホームレスその61

             屋 敷 墓
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       8月恒例のお盆休み、64年目の終戦記念日も終えて夏もピークを越えたよう
       に感じるが、日中の陽射しはギンギン!我が輩捨て猫ホームレスも夏休みを
       終えて上水堤へ。蝉の大合唱は五日市街道の車の騒音を掻き消さんばかり
       の大音響だ。まるで蝉の“第九合唱団”みたい!

       小平市立第三小の西側、五日市に面してささやかな生垣に囲まれた墓地があ
       る。お寺や霊園などの埋葬墓地でなく屋敷墓とか内墓といわれ、小平市内で
       は旧回田新田と上鈴木新田集落にしか見られないという。集落内に寺院がな
       かったためとも言い伝えられているが、実際にそこに埋葬したケースと埋め墓
       は別にあって参り墓を屋敷内に設けたケースがあるとのこと。

       常日ごろ先祖にお参りすると同時に、屋敷や畑、子孫の安寧を祈願するため
       に屋敷の一角に設けたらしい。吾輩捨て猫ホームレスがこの屋敷墓を訪ねた
       時には宝暦年間の墓石もある前には夏菊などの花が飾られており、かつての
       風習が受け継がれているのが伝わって…。

       回田町内にもう一カ所屋敷墓が残っているが、周囲の宅地化でこの先どうな
       っていくのだろうか。今回は樹陰や夕闇に開花する花を。
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by love-letter-to | 2009-08-19 07:03 | 小平の原風景求めて | Comments(0)

道草ノート:捨て猫ホームレスその61

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by love-letter-to | 2009-08-11 20:42 | 小平の原風景求めて | Comments(3)

道草ノート:捨て猫ホームレスその60

             上鈴木新田(現上水本町)の半鐘
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       八月に入っても不安定な大気が続いているが、小平周辺では幸いにも水害や
       崖崩れがなく、吾輩捨て猫ホームレスも上水の緑陰で道草歩きを。
       小松橋右岸から「いろりの里」駐車場を経て五日市街道に達する直前で旧家
       の屋敷森を見上げたら、火の見櫓らしい鉄塔の上に半鐘が!五日市旧道と現
       在の五日市街道が交わる地点で、高さ4~5メートルの位置に直径50~60セ
       ンチぐらいの半鐘がぶら下がっていた。青銅色をして年代を経た貫禄がある。

       鉄塔の立つ旧家に尋ねたら、14代目だというご当主は「この辺りが鈴木新田
       上鈴木と呼ばれたお祖父さんの時代からあったようですが、少なくとも30年あ
       まり使われたことはない」とのこと。それ以上詳しいことは???

       小平消防署でも市の防災安全課でもこの半鐘は記録になかったが、「小平ふ
        るさと村」に同じような半鐘があるという。吾輩捨て猫ホームレスには大遠征
       になってしまったが「小平ふるさと村」の消防小屋へ。その脇に上鈴木のと同じ
       ような大きさの半鐘が下がっていた        
       小平の消防に関する記録によると貞享元年(1684)12月の村決めで、村内に
       番所が設けられたのが防災組織の始まりで、明治22年(1889)に誕生した小
       平村には小川消防組など6つの消防組が組織され、大正時代には新田単位
       でなく19部制の小平村消防組に。この時に19 部として上鈴木にも消防組が
       誕生したようだ。

       昭和年代に入り消防器具などの整備は進んだが、戦時体制が強化される中で
       消防機能も組み込まれて防空訓練が主になり、防災上、半鐘は供出を免れ残
       っているのではないかと…。
       「小平ふるさと村」の消防小屋と半鐘は小川新田山家組(現喜平町)に配備され
       ていたもので、明治~昭和初期に製作されたそうだから、上鈴木の半鐘も同時
       代のものかも…。他の防災組の半鐘の存在はうやむやだが、お寺に納められ
       ているケースもあるようだ。
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       寺院などの釣鐘は通常は青銅を鋳造して作られ、大きさから梵鐘・半鐘・喚鐘
       に。分類については諸説あるが概ね口径約30cm以下は喚鐘、55cm~70cm
       が半鐘、半鐘より大型のものを梵鐘というそうだ。今回は山の芋とオニドコロの
       花を。
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by love-letter-to | 2009-08-04 19:44 | 小平の原風景求めて | Comments(2)