今は亡き人々への追想が続いたので、今回は旬の人の思い出のひとコマを。
遊々亭迷々丸と言ってもご存知ないだろうが、落語ファンなら
林屋たい平
といえば名前を聞いたことがあるに違いない。日本テレビで日曜の夕方放映している
長寿演芸番組『
笑点』にも昨年2006年5月からレギュラー出演している咄家だ。
現在最も売れっ子の一人で、旬の落語家だろう。
たい平さんが武蔵野美術大学の俗に“落研”時代、
遊々亭迷々丸と称して
いた頃に会ったことがある。玉川上水を題材にした新作落語を語っていると聞いて、
何度も電話をかけたが呼び出し音が繰り返されるばかり。
まだケイタイのない20年ほど前のことでした。
仕方なくアパートの郵便受けにメモを入れて、彼からの連絡を待つことにした。締め切り
まで1週間。ボツかな…と殆ど諦めかけていた5日目の夜、
「たじかですけど…」と、イキのいい電話が入った。
「えっー!?たじか?」 「ムサビのたじかですが、メモが…」。そこまで聞いて、
相手が
遊々亭迷々丸さんだと分かった!本名は田鹿明さんで、ムサビ(武蔵美)
の視覚伝達デザイン学科の4年生。卒業制作の仕上げに埼玉の染色工房に泊り込ん
でいたという。
用件を伝えると、ムサビの落研の部室で『玉川上水』の落語を語ってくれることに
なった。「もの凄く汚い部屋ですよ」 「まあ想像はつくわ」
…ということで、日時を打ち合わせて落研の部室に向かった。驚いたことに、部室で
待っていた遊々亭迷々丸さんは黒紋付の羽織袴姿だった。
その格好で学園西町のアパートから自転車を飛ばして来たという。「授業よりも落研で
落語やってる時間の方が長かったかな」と、頭を掻きながらも真剣な表情で、
「えー、町が発展してきますと、人間が増えてきます。増えてくると必要なのは出すこ
と。つまりはオシッコ、ウンチ、出さないと死んでしまったり…。さらに必要なのは元素で
ございます。酸素、水素、窒素、炭素、質素、簡素、味噌、醤油…やっぱり肝心なのは
H2O、難しく申しましたが水でございます(以下略)」。
笑顔を絶やさない達者な語り口で、台本のセリフに酸素や窒素に続いて質素や簡素の
ボキャブラリーが登場するあたりは、現在売れっ子の咄家
たい平さんの
片鱗が窺えるが、当時、武蔵野美大の視覚伝達デザイン学科卒のデザイナーなら引く
手あまた。アーチストとしても有望かもしれないのに、落語家に弟子入りしたいと話して
いた。
「大学を卒業して、また一から落語家の修業をするのは勿体無いじゃないの?」と、
老婆心が口をついて出てしまった。「だけど、
言葉で人の心をデザインできるような
仕事をしたいんですよ」。
その言葉通り、
林屋こん平さんに弟子入り。平成10年頃からNHK総合テレビ
『ふるさと愉快亭
小朝が参りました』にレギュラー出演するようになった時は、
本当に嬉しかった。平成12年(2000)に真打に昇進。最近は少し太めになって画才や
文才も発揮して活躍している。