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忘れ得ぬ人々& 道草ノート

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山羊のスミレちゃん

前回紹介した『磯沼ミルクファーム』で飼っていた3匹の山羊にそれぞれ双子が
誕生して、子山羊の里親探しを頼まれたことがある。1990年の春のことだった。
乳牛の飼育に追われて6匹の赤ちゃん山羊まで手が回らないという。

23区内に比べて自然は残っているとはいえ、子山羊を養育してくれる家庭が多摩
地区にあるだろうか…?お先真っ暗だったが、アサヒタウンズ紙面で呼びかけた
ところ、6匹とも里親が見つかった!

その中の1匹スミレちゃんの里親になったのは動物好きな都守ファミリーだ。
両親と当時小5の郊介くん、小3の美世ちゃん一家だった。近くに多摩川の川原
があり、子山羊の運動にも草にも困らないそうで、一家揃って『磯沼ミルクファ
ーム
』へ生後1ヵ月あまりの子山羊を迎えに行った日の郊介くんの日記を抜粋し
てみると…。
山羊のスミレちゃん_f0137096_21292998.jpg

牧場は広かった。八王子にもこんな環境の場所があったかと思うほど広かった。
「どれがいいかな。これなんかいいんじゃない。美顔だしね」。牧場のおじさん
は、お母さん山羊に寄り添って離れない一匹を抱いて、僕らに渡した。白すぎる
ほど白く、サワサワした毛並み、ピーンとはった耳、目もあどけない感じである。
                          (1990年6月8日)
              ◇
その子山羊がスミレちゃんだった。牧場ではミヤコちゃんと名づけられていたが、
郊介くんの妹の美世ちゃんと呼び名が紛らわしいので、家族で話し合った結果、
スミレちゃんと呼ぶことにしたそうだ。
              ◇
17日、父の日。トコトントン…金槌の音が響く。お父さん、またやってるな。お
父さんのふんばりには、感心せざるを得ない。今では、スミレちゃんにお母さんと
思われて、つきまとわれているお父さんだけれども、毎日汗ダラダラ流して小屋
づくりをしている。夜は暗くなるまでやっている。ちゃんと仕事もしてくれている
のかなあ。
                           (1990年6月17日)
山羊のスミレちゃん_f0137096_2134838.jpg
              
…と、郊介くんを心配させるくらいスミレちゃんの小屋づくりに一生懸命だった郊
介くんのパパ。「スミレちゃんの目は長四角だね」と観察が鋭く妹のようにスミレ
を可愛がっている美世ちゃん。「そんなに大声を出したらスミレが驚くわよ」と、
いつも一家の行動に気を配っている美人ママ。郊介くんは仕事で帰宅が遅くなるパ
パとのコミュニケーションのために日記を書くのが習慣となったそうだ。

そんなファミリーを訪ねる度に、「スミレちゃんは幸せだね」と胸が熱くなり、仲
睦まじい家庭に感動した。当時から児童青少年による家庭内暴力や不登校、親の子
育て放棄など暗いニュースが毎日のように報じられていたから。

スミレちゃんも成長するにつれ活発になり、「今日は異常に暴れていた。僕が庭に
出るなり後ろから前脚で蹴ってくる。いたずらもすごい。庭のテーブルの上に乗っ
かって僕のグローブのひもをくわえて落としたり…」と、郊介くんを困らせること
も多くなった。

でも、夏休みの家族旅行で家を留守にする1週間、磯沼牧場にスミレを里帰りさ
せ、迎えに行った時、美世ちゃんは「スミレちゃんは私たちの顔を覚えているか
なあ」。「お父さんのことは覚えているだろうけど…」と、郊介くんも自信がな
かったが、「スミレちゃん!」と呼びかけると、メエエエエ~と久しぶりに甘え
た声を聞かせてくれた。嬉しかった!

とにかく毎日毎日スミレちゃんに一喜一憂しながら付き合って1年半、スミレ
ゃんもお年頃になり、牧場に返すことになった。妊娠・出産して家畜としての山
羊の“オツトメ”をさせる時期を迎えたのだ。その別れの日、ファミリーはスミレ
ちゃんと近くの公園に行った。誰もいなかった。静かだった。

スミレの背に代わる代わるまたがって記念撮影をした。映画の最後のシーンのよ
うで、別れをしみじみ感じたという郊介くん。スミレをバンに乗せて一家で牧場
まで送り届けた。「ガッチリしてねぇ。いやあ立派ですよ~。大きい大きい!」
と、牧場主の磯沼正徳さんも感激したそうだ。

他の山羊に交じって頭つきをしているスミレに、「お母さんになったら、また会
いに来るからナ。その時はオッパイを絞らせてくれよ。スミレ、一年半ありがと
ナ」と別れを告げた郊介くんの日記は、今、読んでもジ~ンとしてしまう。
山羊のスミレちゃん_f0137096_948263.jpg

その後も、郊介くんファミリーは時々スミレに会いに牧場へ出かけていたが、
1992年の春、スミレは小笠原の母島へ縁あって貰われて行った。東京から船で
28時間あまりかかる父島から、さらに2時間半も離れた母島へ。

郊介くんが中学1年、美世ちゃんが小5に夏休みに、一家は母親になったスミ
に一目合いたくて、はるばる訪ねていくのだが、この続きは又の機会に…。

小笠原の旅も綴った郊介くんの日記は、その後、パパさんがワープロで打って
自家製本して私にもプレゼントしてくれた。時折、ベッドで読んで、思いのま
ま綴った瑞々しい感性に元気を貰っている。

山羊のスミレちゃん_f0137096_214023.jpg

by love-letter-to | 2007-05-20 21:53 | 人間万歳! | Comments(3)
Commented at 2007-05-21 16:37 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by love-letter-to at 2007-05-22 09:46
ふうさんの故郷はたしか箱根の金時山が見える辺りでしたよね。
幼き頃の思い出を綴ったブログで読ませて頂いた時、とても印象
に残ったのですが、記憶違いだと…アルツハイマーが進んで
いることになりますね。

郊介くん一家は本当に素敵なファミリーで、お父さんが理想的な
父親でした。そこをさりげなく強調したつもりです。

それはさておき、ナースリカちゃんのお話は最高!私もコメントを
出したかったのですが、あまりのラッシュぶりに乗り遅れました。
Commented by ふうさん at 2007-05-22 10:34 x
モグラさん記憶OKですよ。
め~め~ヤギさんのお話可愛いかったので、私の家も当時は山羊もいたので、コメントさせていただいたのですが、鍵がかかっていて
びっくりしました。ナースリカちゃんの話・・・今更?と思ったのですが?もうお里も知れているし書いてしまい、ちょっと恥ずかしいです