乳牛、山羊に続いて羊の話を。動物は苦手な私だが、どういうわけか
動物には縁があって…でも、今回の羊はちょっと…。
「メリーさんの羊、めえめえ羊、メリーさんの羊、真っ白ね…」とい
う童謡を口ずさんだことがありませんか。その『
メリーさんの羊』は
アメリカ民謡だそうで、原題はMary Had a Little Lamb
マザーグース(ナーサリー・ライム)としても知られ、作詞者は子供向け
雑誌の編集者であった
セイラー・J・ヘイル夫人であることは知る人ぞ
知るで、発明王エジソンが蓄音機を発明して初めてレコードに自ら吹き
込んだのは、当時アメリカで誰もが知っている『
メリーさんの羊』だっ
たと、訳詩者の
高田三九三(さくぞう)さんからお聞きしたことがある。
高田さんにお会いしたのも約20年前、当時86歳の高齢だったが、ダン
ディな老紳士だった。小平市で長く句会を主宰していた
廣瀬泣麻呂(本
名:一郎)さんと一緒に『
日本の秀句・江戸時代句集』の英語訳を出版
して間もなくだった。
その頃既に俳句はHAIKUとして世界各国で人気が高まっていたが、
「俳句を真似た短詩に過ぎないHAIKUばかりだ。五七五の韻をちゃん
と踏まえた日本の俳句の伝統をきちんと海外に紹介してないからでは
ないか…。日本人として怠慢だよ!」と、
高田さんが俳句仲間の
広瀬
さんに鬱憤をもらしたのがそもそもで、二人は日本の秀句を英語に翻
訳するという“冒険”に近い作業に取り掛かったそうである。
日本語と英語は全く異質な言語で、相容れない言葉や表現、わびさび、
季節感など考えただけでも土台無理な話だと思ってしまうが…、
「誰もやらんからやった」という二人。
泣麻呂さんが江戸の俳人の句集から選句して、
高田さんが英訳をした
そうだ。日本人の心を伝えようと。
浅草生まれの江戸っ子・
高田さんは明治39年に生まれた三男だから、
“三九三”と名づけられたそうで、東京外国語学校(現東京外語大学)の
仏文科を卒業。大使館勤めでフランス語のほか英語も身につけ、母国
語のように駆使するだけでなく、
マンドローネというマンドリンの兄
貴分みたいな楽器の奏者としても活躍してきたそうだ。
世界の国歌の
訳詩もしている。
世の中には多彩な人もいるもんだと、クラクラしてしまったが、
高田
さんは至って控えめで、「外国語圏で生活していれば、いやでも身に
つきますよ。その国の言葉を話さなきゃパン一個買えないんですから。
でも母国語をしっかり身につけてなければ翻訳は…」とのことだった。
で、『
メリーさんの羊』は戦後、日本交通公社に勤務のかたわら、童
謡の作詞作曲・訳詩も趣味で手がけた数多い中の一曲だそうだ。「軽
快なメロディと単純な歌詞の中にストーリーがあるから、子供たちに
親しみやすかったのかなあ」と
高田さん。
高田さんの日本語訳によると、メリーさんが飼っていた羊が学校にま
でついて行って、生徒たちは大喜びしたが、先生はカンカンに怒って
しまい、メリーさんが困って泣き出したという漫画チックなストーリ
ーだ。
『
日本の秀句・江戸時代句集』英語訳の取材に行って、
『
メリーさんの羊』に出会うとは!
高田さんとは
一期一会であったが、子供心に懐かしい『
メリーさんの
羊』の訳詩者に裏話までお聞きしたことは忘れがたい。
今回、因みにネットで検索したら
セイラー・J・ヘイル夫人原作の詩
は下記のアドレスで知ることが出来る。ネットの利便さを改めて感じ
た次第。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~torisan/mglist-m.htmlまた、有名な蕪村の「
痩蛙まけるな 一茶これにあり」の句の高田さ
んの英訳は
Hey you, skinny frog
Never be defeated, as
Issa cheers you here
Hey youと蛙に呼びかけるなんてユニークな発想が高田さんの持ち味
で、面白い翻訳だと思った。これなら中学一年生程度の英語力でも何
とか…。
何しろタバコ一本吸い終わる間に、一句を英訳し仏訳もお茶の子さい
さい。軽くやってのけるという才人には恐れ入ってしまった。
『日本の秀句・江戸時代句集』は知人に貸したり、戻してもらったりし
ているうちに、行方不明になってしまったので、高田さんの英仏訳つき
句集『丙午』を掲載。