世界を震撼させたあの日から6年。9・11を迎えるたびに思い出すの
は、その年の6月の一夜だ。
◇ Dr.コーニェッツとの出会い ◇同時多発テロでニューヨークの世界貿易センタービルが消滅してしまう
3ヵ月と少し前、私は友人二人とセントラルパークサイドのアパートメ
ントにホームステイさせて貰った。
ウェスト86ストリートの角地に建ったかなり高級なアパートメント
で、勿論、入口でガードマンの厳しいチェックを受けた。広々とした中
庭を囲んでロの字型に配置されているレンガ造りの建物はゴシック建築
風。
そのアパートメントの一室といっても300平米くらいあり、ドアを開け
る早々、日米の住宅格差にガ~ン!アメリカにも低所得層の古ぼけたア
パートが目につき、スラム化したビルがマンハッタンの中心街にもあ
る。セントラルパークではホームレスがあちこちに寝起きしていた。
歓迎してくれた
バーニス・コーニェッツさんは当時80歳近かったが、
臨床心理カウンセラーとしてアパートメントの一室で開業していた。当
時は独身だと聞いていたので私がミス○○と呼べばいいのかミズ○○と
声をかければいいのか、口ごもっていると、
バーニスさんは「
Dr.
コーニェッツ」だときっぱり。
Dr.の肩書きに誇りを持っていた。
その口調に彼女のプライドと威厳を感じたのが第一印象だった。
Dr.
コーニェッツは友人の一人
明美さんの子息の連れ合いの母親。つまり明
美さんの息子と
Dr.コーニェッツの娘が結婚していた。映像技師と
ニューヨーク大学教授のカップルである。
Dr.コーニェッツのアパートで一夜ステイした
明美さんと
晶子さん
と私たち三人は、お互いの子供が幼稚園のクラスメートであった。
明
美さん夫妻が20年以上前にアメリカに永住してからも、私たちは文通
や電話、メールで交流を続けており、「三人でアメリカツアーをしよ
う!」ということになった。今回は2回目でニューヨーク近郊に住む
明美さんにお任せのツアーであった。
7泊8日の2夜をセントラルパークが目の前の
Dr.コーニェッツのア
パートでホームステイできるなんて!しかも、その数日後が
Dr.コー
ニェッツの誕生日だった。私たち三人はティーブラウンのバラの花束を
抱えて訪問した。
◇ 窓の外にフルムーン ◇Dr.コーニェッツはまず、各室内を案内してくれた。それぞれの部屋
が30畳以上もあり、私より小柄な
Dr.コーニェッツには広すぎるので
はないだろうか!しかも英国調のアンティック家具・インテリアに目を
奪われて…。思わず私はHow many rooms do you have?と幼稚なこ
とを訊ねてしまった。
Dr.コーニェッツはNine rooms.と平然。バストイレ付きのメードル
ームもあり、ゲスト用のトイレから私たちに一夜提供してくれた部屋
へ戻る時、迷ってしまったほどである。
そんなことより、大戦中ポーランドからユダヤ系移民としてアメリカに
移住した
Dr.コーニェッツは当時まだ二十歳前だった。
英語を学びながら大学を卒業するのは言葉では言い尽くせない苦労があ
ったには違いないが、「自分に課す課題が大きいことは、その人を成長
させる。若い時は希望がある。試練は面白かった」という意味のことを
話してくれた。サイコロジストとして博士号を取っている
Dr.コー
ニェッツは、アメリカンドリームを果たした一人だろう。
キングスイングリッシュに近い英語でゆっくり話してくれたにも関わら
ず、
Dr.コーニェッツのトークが半分も聞き取れなかったのは本当に
残念だった。
Look over there!と
Dr.コーニェッツが指差す方を見ると、窓の外に
満月がこうこうと輝いていた。
Full moon! You bring to me that full moon!
I don’t forget tonight! Good night!と、私たち三人と満月を見上げ
たことを子供のように喜んでくれた。真紅のTシャツがよく似合うシニ
アだった。
その3ヵ月後、ニューヨークの空はテロリストたちにより一変してしま
った。1機目の衝突が臨時ニュースとして報道されている最中に2機目
が突入した映像は、映画のシーンではないかと…。前代未聞かつ衝撃的
な映像をリアルタイムで目にしたショックは、6月の一夜の満月ととも
に忘れられない。
◇ ツインタワービルの姿 ◇6年前のアメリカツアーでは、できるだけ足で歩こうと、
Dr.コー
ニェッツのアパートメントから、マンハッタン南端のリバティ島への
フェリー乗り場までザック背負って歩いた。フェリーが出航して向き
を変えた時に撮った記念写真の背後には、世界貿易センタービルのツ
ィンタワーがしっかり立っている。
その最上階から眺めたマンハッタンとハドソン湾も記憶に新しい。
Dr.コーニェッツは別れ際にGood luck with your study English!
Be, patient!と、励ましとアドバイスの言葉を贈ってくれた。
もう一度ニューヨークを訪ねる約束をしているのだが、私の英会話力
は退化する一方で…情けない。
女三人イン・ニューヨーク2001