忘れ得ぬ人々& 道草ノート

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ドスト氏の弘法大師像1

      ◇ 難解な言葉との闘い ◇
「エッツ!だっかつかんしつ?それ何ですか?どういう字を書くんですか」「じょうろく?
じょうろくぶつって、仏像ですか?どういう字を書くのかなぁ…」

国立市の超有名な彫刻家であり画家であり、書家でもある関頑亭さんの弘法大師像
制作過程を連載することになって、毎週1~2回は頑亭さんのアトリエに通うことにな
った私は“どういう字書く子”さんと笑われるくらい、耳慣れない難解な言葉に翻弄され
た。

「だっかつかんしつは脱活乾漆と書いて仏教の経典や仏像と同じ頃、中国から伝わ
ってきた成型・彫刻技法の一つで、粘土像の上に麻布と漆を塗り重ねて形造り、乾
燥させ出来上がったら中の粘土を抜き取る技法で、出来上がった仏像は麻布と漆の
ハリボテだけれども、金剛仏と同じくらい丈夫で耐久性があると言われています」
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      ◇ 平安末期以来絶えていた技法 ◇
その脱活乾漆技法による弘法大師像の制作は頑亭さんの30年来の念願で、父親
の遺志で取り掛かったという。その当時、頑亭さんは73歳。脱活乾漆丈六仏が制作
されるのは平安末期以降800年来初めてというので、制作過程を取材することにな
ったのだが…。

彫刻も仏教用語もまるでチンプンカンプンで、「エッツ!そんなことも知らないの?」
という顔で頑亭さんが制作の手を休めて説明をしてくれても、分ったような分んない
ような…。「僕はこの道一筋でなく、一筋縄で行かない人間ですから」という頑亭さん
の融通無碍と博識、創造力に惹かれて、平成4年の4月から半年あまり通い続けた。

頑亭さんによると、釈尊の仏身は1丈6尺あったとされ、この丈に造られた仏像を
または丈六仏という。けれども彫刻では結跏趺坐(けっかふざ)といって、通常は
座った姿の仏像を造るので、その丈は8尺(約2.5メートル)。それ以上大きい仏像
が大仏と呼ばれるそうだ。

     ◇ 湿疹記者と笑われて ◇
山口瞳さんの人気シリーズ『男性自身』にドスト氏として、よく登場し旅の連合
いでもあった頑亭さん。ドストエフスキーに風貌が似ていることから山口さんの直観力でドスト氏と名づけられたそうだ。鋭いなあと感心してしまう。

梅雨にさしかかったある日、それまで3年余かけて制作をした粘土の塑像姿の弘法
大師に、いよいよ麻布を貼り漆を塗る作業に取り掛かった。「アッ、そこに漆がこぼれ
ているから気をつけて!」。アトリエに入るなり頑亭さんの声で飛びのいたのだが、
左足の裏で生漆を踏んづけてしまった。

ただでさえアレルギー性湿疹に悩まされている私は、その日から漆にかぶれて1~
2週間ひどい目にあった。以後は真夏でも長袖長ズボンに靴下2枚を重ねて履いた
姿で通い続けた。「漆には全くひどい目にあいました」と告げると、「やー悪かった。
悪かった」と頑亭さんは毛のない頭をかいた。

頭髪が禿げるにつれ白い顎鬚茫々と成長してきたというドスト氏は「失神女優という
女優がいましたが、あなたは湿疹記者だね」と。全く一筋縄では行かない頑亭さん
である。
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その麻布を貼る作業というのは、10センチ角に切った蚊帳布をわらびこ糊で丈六
の塑像全体に隙間なく貼り付けるのだから、気が遠くなる。塑像と並んだ頑亭さん
は小人に見えた。

麻布が乾いたところで、練った生漆を刷けで塗る作業に取り掛かった。漆というの
は高温で湿気がないと乾かないそうで、34度を超す真夏日でもアトリエではクー
ラーも扇風機も使ってない。

それでも頑亭さんは「大師さんに漆パックをしているみたいでしょ」と涼しい顔で冗
談を。頑亭さんがはめていたゴム手袋をはずすと、中にたまっていた汗がドバドバ
流れ落ちた。

麻布と漆を交互に施す作業の3回目を迎えた日、「どうです2枚目よりいい男にな
ったでしょ。3枚目の方がいい男なんですよ、元来は」。過酷な作業の合間にもジ
ョークを連発するのが頑亭流で、その気の遠くなりそうな作業を6回も繰り返して、
一段落したのは旧盆前であった。

      ◇ 気の遠くなる作業 ◇
旧盆明けに訪ねたら、その貼ったり塗り重ねた層をサンドペーパーで惜しげもなく
削っていた。「エッツ!折角、塗りあがった漆を削ってしまうのですか?」と私は悲
鳴を上げそうになった。「削ることは研ぐことです。芸術は創造と破壊の繰り返しで
す」と頑亭さん。

…というように、丈六脱活乾漆弘法大師像の制作は気の遠くなるような作業
の連続だった。しかし、その間も頑亭さんは作業を終えると、夜な夜な新宿や銀
座界隈に通い続けて朝帰りをすることも。そちらのエネルギーにも気が遠くなった。
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そして“どういう字を書く子”さんも仏教用語と高温多湿と闘いながら頑亭さん
のアトリエに通い続けて、その年の11月1日に中野の宝仙寺で開眼式を迎え
た。頑亭さんが若き日に仏教修行をしたお寺である。ドスト氏の続きは次回に。
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by love-letter-to | 2007-10-19 18:48 | 人間万歳! | Comments(8)
Commented by cheery at 2007-10-19 22:39 x
こんばんは 頑亭さんは当時73歳、気の遠くなるエネルギー
の持ち主ですね。何処からそんな情熱沸いてくるのでしょうか。
モグラさんは未だ未だず~っとお若いとはいえ、負けない
エネルギッシュな方と実は言葉を無くしています。

お借りしたご本、本当に楽しみました。是非もう一度、目を
通したいので、もう少しお借りしててよろしいでしょうか。
Commented by 小平のモグラ at 2007-10-20 20:42 x
cherryさん早々とコメントを頂いておきながら、返信が
遅くなってゴメンなさい。
頑亭さんとは半年以上も毎週会って、制作を見ながら
お話も沢山お聞きしたのに、頑亭さんは計り知れない
エネルギーと深い知識造詣を持ち合わせており、到底
私如きには掴みきれませんでした。
そのくせ、ブラない方でした。まだまだエピソードは山の
ようにあり、ブログには書き切れませんので、続編で
頑亭さんの著書を紹介します。
また、弘法大師の取材を連載した記事を再編成した本
もありますので、その画像を追加しました。恥ずかしながら
著者は私です。ピーターラビットの選定版はごゆっくりどーぞ。

Commented by kikue1017 at 2007-10-22 00:33
小平のモグラ さん
毎度素晴らしい記事を掲載して、感心しながら、拝読しています。
すっかりコメントも書かず失礼していました。
素晴らしい方々のお話でとても嬉しく思います。
「へえ~~。そうなんだ~~!」と思う事、成程・・・・と思う事
とても勉強になります。
「弘法大師像」の中込敦子著は、いつか読ませて下さいませ・・・・

        Byおくさま
Commented by 小平のモグラ at 2007-10-22 19:03 x
ゴルフにPCサポーターに勉強会…とお忙しいおくさま!
コメントを頂き有難うございます。頑亭さんの取材でも
分るように私はドジで何にも知らない記者でしたが、
お相手には恵まれ、何でもイロハから教わり、机の前
では得られないことを沢山教わりました。

難しいことはやさしく書け!やさしいことは深く書け!
深いことは面白く書け!これは井上ひさしさんの文章
読本から学んだことです。なかなか難しいことで、
文を書くのも終わりのない旅です。

おくさま方の奮闘で倉沢のヒノキツアーには16名も
参加されるそうで、平岡先生に伝えたらびっくりしていました。
Commented by ふうさん at 2007-10-22 20:03 x
小平のモグラさん
こんばんは 今夜はモグラさんだけでなく(小平まで入れてしまいました。)
頑亭さんという方はとてもエネルギッシュな芸術家さんなんですね。
モグラさんのブログは次から次へと素晴らしい方ばかりで、驚いて
感動しています。ドスト氏さんのインタビューの情景は美人記者さん
ですてきです。
明後日のヒノキに再会できるのを楽しみにしております。
一人ご都合わるくなり15人になりました。どうぞよろしくお願いします。
Commented by 小平のモグラ at 2007-10-23 11:46 x
ふうさん、お忙しい合間を縫ってコメントを頂き
有難うございました。
頑亭さんの底知れないパワーと創造力は人間業でない
みたいでした。
弘法大師の粘土像に貼り付ける麻布は、不要になった
蚊帳で、麻100パーセントの使い古しの蚊帳を探して
全国を歩いたそうです。100張りの蚊帳を集めるのに
5年もかかったとか。
弘法大師像を造る前の準備段階も凄いのです。
ブログにはそのエッセンスだけしか書けません。

行き届いた明日の連絡メールを有難うございました。

Commented by cheery at 2007-10-25 23:46 x
もぐらさん こんばんは
昨日は本当に楽しい一日でした。お天気もよくて何よりでしたね。
大変お世話になりありがとうございました。
土曜の津田公民館での講演、申し込みました。もし出来たら
「弘法大師像」又貸して頂けますか?難しくて読めるか
分かりませんが・・・。
Commented by 小平のモグラ at 2007-10-26 20:32 x
cherryさん昨日はお疲れさまでした。やっぱり日原は
東京のチベットですね。素晴しい場所がいっぱいあるのに
交通の便がネックです。
『弘法大師像・関頑亭の世界』は新聞の連載記事をまとめた
ものですから、分りやすく読みやすく書いてあります。
「記事は小学6年生~中学生に読める程度に書け!」という
のが、当時の編集長の口癖でした。やさしく書くのは実は
本当に難しいことなんです。明日、持参致します。